2019.12.5

【大人の教養・日本美術の時間】写楽はどこに消えた?

写楽(鮫島圭代筆)

江戸時代の浮世絵師には、歌麿、北斎、広重など数々のスターがいます。そのなかで、「謎の絵師」として人々を魅了してきたのが、東洲斎とうしゅうさい写楽しゃらくです。

写楽といえば、「大首絵おおくびえ」と呼ばれる、顔を大きく描いた迫力満点の役者絵が有名。一度見たら忘れられないインパクトがあります。意外にも、写楽の活動期間はたった10か月間でした。その間に140点以上の錦絵を世に出し、忽然と姿を消してしまいました。写楽は一体どこの誰だったのか――。今回のコラムでは、このミステリアスな奇才の正体に迫ります。

名プロデューサー蔦重に見いだされ鮮烈デビュー

まずは時代背景からひもときましょう。

江戸時代後期の寛政年間、庶民は長引く不況に苦しんでいました。というのも、天明の大飢饉ききん以来、農村が疲弊しきっていたところへ、さらに寛政の改革による倹約などの政策の影響もあり、 景気に暗い影が落ちていたのです。

江戸の芝居街も大打撃を受け、歌舞伎の興行は危機的状況でした。

そんななか、新しい浮世絵版画の企画を打ち出したのが、江戸時代を代表する出版業者・蔦屋つたや重三郎じゅうざぶろう、通称、蔦重つたじゅうでした。

蔦重は、人気の作家や絵師とタッグを組み、浮世絵版画や洒落本などで数々のヒットを生みだした江戸文化の仕掛人、いわば名プロデューサーです。

そんなやり手の蔦重が写楽を見出し、寛政6年(1794)5月、デビュー作を発売したのです。

内面まで描き出す斬新な役者絵

その内容は、全28図にのぼる歌舞伎役者の大首絵。しかも、新人の絵師としては格別豪華な、大判サイズの黒雲母摺くろきらずりという力の入れようでした。黒雲母摺とは、黒い背景に雲母うんもというキラキラと輝く鉱物の粉末をほどこす技法です。

絵の主題となった28人はいずれも、江戸幕府公認の3つの芝居小屋で、その年の夏興行に出演する歌舞伎役者でした。蔦重は、この28図を歌舞伎の夏興行の初日とほぼ同時期に売り出したといわれます。目新しい絵師による斬新な役者絵シリーズで、浮世絵界と歌舞伎界を盛り上げようとしたのでしょう。

写楽の絵には役者が芝居の見せ場にかける意気が感じられ、画面すみずみまで緊張感が漂います。多くの江戸っ子が目を奪われたに違いありません。

そのうえ、ふつう浮世絵師は役者を美しく描きましたが、写楽は違いました。女形(おんながた、おやま)であっても美化せず、役者の内面をのぞき込んで人間性をえぐりだすように描いたのです。

また、写楽にとって絵の主題は役者の個性であり、役柄の特徴は二の次でした。そのため、同じ役者であれば、役柄に関係なくほぼ同じ顔つきに描きました。そして、ひとつの演目に出る役者であれば、名優だけでなく端役も描きました。

写楽の正体が明らかに?

こうして彗星すいせいの如く登場した破格の浮世絵師、写楽とは何者だったのか? その答えは、江戸時代の文献のなかにあります。

写楽がわずか10か月間の活動ののちに消えてから数年後、文人の大田南畝なんぼが、さまざまな浮世絵師について記した「浮世絵考証」を出版しました。

このなかで写楽について、「これまた歌舞伎役者の似顔をうつせしが、あまりに真を画かんとして、あらぬさまにかきなせしかば、長く世に行われず、一両年にして止ム」と記しています。

つまり、写楽の極端に誇張した描写は歌舞伎ファンから好まれず、1年もしないうちに姿を消したというのです。当の歌舞伎役者たち、特に女形には、写楽に描かれるのを嫌がった人も多かったのかもしれません。

その後、複数の人物が「浮世絵考証」に補足を加えていき、江戸時代末の天保15年(1844)、斎藤月岑げっしんが「増補・浮世絵類考」を出版しました。

この本には、写楽について「天明寛政年中の人 俗称を斎藤十郎兵衛、居、江戸八丁堀に住す、阿波候の能役者也」と記されています。

つまり写楽の素性は、阿波あわ藩お抱えの能役者、斎藤十郎兵衛だというのです。

昭和に入ってから、斎藤十郎兵衛という人物が本当にいたのか調査が行われ、その結果、同名の阿波藩お抱えの能役者が実在したことが判明しました。

能役者といっても身分は侍なので、仕事として浮世絵を描いて出版することは許されず、そのため、写楽という画号のみ公にして、阿波藩士という素性を隠したとも考えられています。当時の能役者は一年働いたら翌年は休みだったといい、その休暇中にひそかに浮世絵を手がけたのでは……ともいわれています。

時代を超えて起こった「写楽ブーム」

写楽の役者絵は、発売当時、あまりに個性的な画風のために不評を買いました。ですが、時を経てヨーロッパで「写楽ブーム」が沸き起こります。

明治43年(1910)、ドイツ人のユリウス・クルトが、「増補・浮世絵類考」を典拠に「写楽」を著し、写楽の名を広めたのです。世界的になった写楽の評価は、やがて日本にも逆輸入されました。

そうしたブームのなかでミステリアなイメージが広がり、「写楽とは誰だったのか?」、「なぜ10か月で消えたのか?」と人々のロマンをかきたててきたのですね。

そんな魅力たっぷりの写楽の傑作が並ぶ大規模な展覧会にでかけませんか? 東京都江戸東京博物館では2020年1月19日(日)まで「大浮世絵展-歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」が開催中です。

【大浮世絵展-歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演】

東京都江戸東京博物館  2019年11月19日(火)〜2020年1月19日(日)

公式サイトはこちら

https://dai-ukiyoe.jp/

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

開催概要

日程

2019.11.19〜2020.1.19

※会期中展示替えあり

会場

東京都江戸東京博物館
東京都墨田区横網1-4-1

料金

一般 1400円
大学生、専門学校生 1120円
小学生、中学生、高校生、65歳以上 700円

※「大浮世絵展」のみの鑑賞料金。常設展共通券は料金が異なります。

休館日

月曜日(2020年1月13日は開館)
年末年始(2019年12月28日~2020年1月1日)

開館時間

9:30~17:30 (土曜日は9:30~19:30)
入館は閉館の30分前まで

お問い合わせ

03-3626-9974(代表)
※電話でのお問い合わせは9:00〜17:00(休館日を除く)

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