海北友松「飲中八仙図」
重要文化財 6曲1隻
桃山時代・17世紀
(京都国立博物館)
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

2021.9.7

【大人の教養・日本美術の時間】 わたしの偏愛美術手帳 vol. 10-上 由良濯さん(愛知県美術館学芸員)

海北友松「飲中八仙図屏風」

「わたしの偏愛美術手帳」では、各地の美術館の学芸員さんたちに、とびきり好きな「推し」の日本美術をうかがいます。美術館の楽しみ方といった、興味深いお話が盛りだくさん。このシリーズを通じて、ぜひ日本美術の面白さを再発見してください!

今回お話をうかがったのは、愛知県美術館(名古屋市東区)の由良濯・学芸員です。紹介してくださるのは、桃山時代の絵師、海北友松かいほうゆうしょうの「飲中八仙図屏風いんちゅうはっせんずびょうぶ」(京都国立博物館)。由良さんが「おしゃれ」と評する、友松の魅力を解説していただきました。

暮らしのなかの空間芸術

―海北友松の研究を始めたきっかけは?

早稲田大学に在学中、ビザンチン美術が専門の益田朋幸ともゆき先生の講義を受けました。教会の壁画の研究で、どこにどんな絵が描かれているか、それにはどんな意味が込められていて、キリスト教徒たちはその絵にどのような意味を見いだしていたかという授業でした。私はそれまで、絵画を「絵画として作られたもの」としてしか見ていなかったのですが、その授業を通して「生活に根ざした、芸術や装飾としての絵画」として見る面白さを学んだのです。すごく衝撃的でしたね。

それで、空間芸術に興味を持ち、日本美術でも、お寺やお城のどの部屋に、どんな絵が描かれたのかを考えるようになりました。もともと古くて荘厳な場所が好きで、大学の頃からよく京都のお寺には行っていました。それで自然と、襖絵ふすまえの研究をしようと思って。

愛知県美術館外観(同館提供)
友松の竜に、一目ぼれ

そんなタイミングで、大学3年生のときに、特別展「栄西と建仁寺」(2014年、東京国立博物館)に行き、京都・建仁寺に伝わる海北友松の竜の襖絵を見たのです。もう、一目ぼれでしたね(笑)。 

友松と同時代に活躍していた、狩野永徳や長谷川等伯とうはくの絵は、迫力重視のようなところがあって、それはそれですごくいいのですが、アクの強さも感じていたのです。一方、友松はちょっと抜けがあるというか、おしゃれな感じがして、その雰囲気に引かれました。

空間芸術という側面からいうと、友松の山水図では、岩が宙に浮いているように描かれています。絵画単体で見ると不思議なのですが、実際に建仁寺の部屋に襖として取り付けると、奥行きが効果的に表現されていることがわかります。友松は建物の空間に合わせて、余白を多く取ったのです。建物と絵との総合的な表現がうまかったのですね。現在、建仁寺には、高精細複製の襖絵が取り付けられていて、本当に素晴らしいですよ。

愛知県美術館内部
©宮本真治(有)シンフォトワーク
最大の魅力は「線」

―その頃に「飲中八仙図」もご覧になったのですか?

京都国立博物館の常設展に出ていることを知り、京都まで見に行きました。俗世を超越して生きる仙人たちに、少年たちがお酌をしている場面です。

作品を目の前にして、またも衝撃を受けました。特に、人物の衣の線に引かれました。私が友松で一番好きなのは、線なのです。筆運びの強さ、速さ、柔軟性、肥痩ひそう(太さ、細さ)の変化などの表現力が、同時代の絵師のなかで、ずば抜けていると思います。

また、人物をふくよかに描くのも特徴です。この絵では、酔っ払って、くねくねしている仙人たちの雰囲気と、丸みを帯びた線がよく合っていますよね。この丸さが、友松独特の、洒脱しゃだつで柔らかな雰囲気を生み出しているのだと思います。

友松は武家出身で、武芸に秀でていたからこそ、こうした線が描けたのかなという気もします。武人らしい逸話もあって、例えば、親友の斎藤利三としみつが打ち首にあって、さらし首にされたとき、友松がやりを持って、その首を回収しに行ったと伝わっています。

仙人たちの表情も面白いですよね。真ん中の人物は困り顔で、「お酒はもういいよ」と断っていて、その右の人物がそれを指さして笑っているようにも見えます(笑)。

画面の左端に、鳥取の鹿野しかの城主の亀井茲矩これのりのために、この絵を描いたことが記されています。茲矩は変わり者だったようで、その好みに合わせて描いたので、こうしたひょうきんな顔などの、少し変わった表現が生まれたのかなと思います。

愛知県美術館展示室
©宮本真治(有)シンフォトワーク

―友松は、日本絵画の王道である狩野派を学んだそうですが。

作品をじっくり見ていくと、同時代の、狩野永徳の絵を忠実に学び、大胆な構図や松の描きかたなどを吸収していることがわかります。学んだものを、自分の中で処理し、自己流に発展させたのです。

―大きな木を画面から飛び出すように描くのも、永徳の影響ですか?

そうですね。友松の初期の作品では、大きな木がダイナミックに画面の上部を飛び出すなど、永徳の影響を強く感じさせます。その後、徐々にその影響が薄れ、この絵では、それほど勢いがありません。というのも、友松の狙いは、永徳のように勢いを表わすことではなく、空間の広がりや空気感を表すことだったのです。

背景の描写も簡略化し、少ない筆数で丸い人物を描くことで、画面の奥行きや人物の立体感を強く印象づけています。

◇ ◇ ◇

由良濯・愛知県美術館学芸員(鮫島圭代筆)

由良さんの解説で、力強く伸びやかな線や、巧みな空間表現など、友松の魅力をじっくり味わっていただけたことと思います。次回は、子どもの頃のエジプト好き、ミステリー好きから学芸員を目指すまでの経緯、そしてお寺やお城で楽しむ日本美術の醍醐だいご味まで、たっぷりとうかがいます。

わたしの偏愛美術手帳 vol. 10-下に続く

【由良濯(ゆら・あろう)】1993年、兵庫県生まれ。育ちは神奈川県。早稲田大学文学部美術史コース卒業後、同大大学院文学研究科美術史学コースに進学。在学中は海北友松をテーマに研究。修士論文の題目は「海北友松の初期様式について―旧龍安寺方丈障壁画の筆者に関する考察―」。現在は、愛知県美術館の学芸員として日本近世美術を担当。

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

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