2020.12.10

【大人の教養・日本美術の時間】都会の美術館探訪 vol. 6 三井記念美術館

国宝 雪松図屏風 円山応挙筆 江戸時代・18世紀(三井記念美術館)

都会には隠れ家のような美術館が点在しています。それは、慌ただしい日常から私たちを解き放ってくれるオアシスのような存在。

美術館の歴史は、美術を愛した人たちの歴史です。代々守り伝えた家宝、あるいはビジネスの傍ら私財を投じて集めた名宝を公開することで、芸術の恵みを広く分かち合おうとした人々。シリーズ「都会の美術館探訪」では、彼らの豊かな人生と美術館をご紹介します。

アートが深く根差した社会は豊かです。日本のビジネスパーソンに美術愛好家がもっと増えることを願って――。

大都会の喧騒を逃れて静寂の美の世界へ

江戸時代、五街道の起点であった日本橋のほど近く、東京駅から徒歩7分という大都会の真ん中にそびえる、古代ローマ風の列柱が目を引く壮麗な建物。ここ三井本館の最上階、7階にあるのが、今回ご紹介する三井記念美術館です。

三井本館外観(三井記念美術館提供)

三井物産、三越(現・三越伊勢丹)、三井銀行(現・三井住友銀行)などでおなじみの三井グループは、戦前、三井財閥として実業界に君臨しました。その源流は、江戸時代の豪商・三井家にあり、およそ350年に及ぶ歴史の中で収集されてきた日本有数の文化遺産が守り伝えられています。

三井家の歩み

三井家の元祖・三井高利たかとしは、江戸時代初期の1622年、伊勢国・松坂に誕生。14歳で江戸に出て、兄の店で修行し、28歳で故郷に戻って、金融業などを営んで資本を蓄えたあと、52歳で江戸本町に念願の呉服店「越後屋」を開きました。その後、駿河町に移転。現在は、この地に日本橋三越と三井本館が建っています。

三井高利(鮫島圭代筆)

従来の呉服店は、武家などに商品を持参し、その都度交渉して価格を決め、あとで代金を受け取る「掛け売り」で商売をしていましたが、高利は「現金掛け値なし」という新しい商法を打ち出しました。商品を大量に安く仕入れて店頭に並べ、値段交渉なしで、誰もが同じ値段で買えるようにしたのです。これが裕福な新興町人のニーズに合致し、越後屋は薄利多売を推し進めて大繁盛しました。

その後、幕府の御用をつとめて、金融業でも成功。呉服店部門(三井越後屋)と金融部門(三井両替店りょうがえだな)の両輪で、京都、江戸、大坂の3都を舞台に、巨万の富を築きました。

高利は大変な働き者で抜群の商才を持ち、豪商出身の妻・かねは慈悲深く、夫婦ともに奉公人に慕われたとか。10男5女に恵まれ、高利亡き後は息子たちが結束して家業を盛り立てました。事業を統括する組織・大元方おおもとかたを設置し、家訓や経営方針を明文化して父の教えを受け継いだのです。

高利の子供たちの代から、長男・高平たかひらに始まる北家、三男・高治たかはるの新町家、四男・高伴たかともの室町家、九男・高久たかひさの南家など、11家に分かれ、これら「三井十一家」が共同で事業を運営しました。

幕末には、薩摩藩に接近し、明治維新後は多額の資金を献納して新政府の財政を担うなど、時流に乗ります。さらに、日本初の私立銀行・三井銀行、のちに世界にネットワークを広げた総合商社・三井物産、戦前のエネルギー産業をリードした三井鉱山などを創業。それらの企業を傘下に置く三井合名会社を設立して、統括しました。

第1次世界大戦後は、保険や信託などの新たな金融業や重化学工業にも乗り出し、150社余に及ぶ日本最大の財閥・三井財閥を築きました。第2次大戦後は、GHQの占領下で財閥が解体されますが、その後、関連企業が三井グループとして再結集し、現在に至ります。

三井350年の至宝

三井家の歴史研究は、江戸時代以来、折々に当主らが行い、明治時代には、旧三井本館のなかに三井家編纂へんさん室が設けられました。大正時代に荏原えばら戸越とごし(現在の品川区・文庫の森)に移転して「三井文庫」と改称。戦中の空襲と戦後の売却により多くが失われましたが、三井家の事業に関する重要な史料は、大半が守り抜かれました。

戦後、昭和59年(1984年)に、三井家に伝わった美術品が三井文庫に寄贈されて文化史研究部門が発足し、翌年、「三井文庫別館」が開館します。

一方、1923年(大正12年)の関東大震災で、旧三井本館が被災し、現在の三井本館が建てられました。昭和初期を代表する重厚な洋風建築として、国の重要文化財に指定されています。

そして、平成17年(2005年)、その7階に新たに美術館を造る大掛かりなリノベーションが行われ、三井文庫別館の収蔵品がここに移されて、三井記念美術館としてオープンしたのです。

所蔵品は、北家から寄贈された約1900点、新町家からの約1050点、室町家からの約700点など、約4000点。日本・東洋の絵画、茶道具、工芸品を中心に、国宝6点、重要文化財75点、重要美術品4点を含みます。

なかでも、館のアイコンといえば、江戸時代中期の絵師、円山応挙まるやまおうきょの「雪松図屏風びょうぶ」です。応挙作品の中で唯一の国宝で、きらめく陽光のなか、雪化粧された枝を伸ばす堂々たる松を、墨と金を使って、たおやかに清々すがすがしく描き出しています。

わかりやすく純粋に美しい応挙の絵は、当時、頭角を現していた地方出身の裕福な新興商人たちに愛されました。中でも、三井家は最大のパトロンとなり、この屏風は特注品といわれます。北家の4代目・三井高美たかはるは応挙と特に親しく、裸で夕涼みをする高美を応挙が描いたと伝わるラフな墨絵も知られます。

そして、館の収蔵品の中核をなすのは、江戸時代以来、三井家の各家で収集されてきた茶道具です。なかでも名高い「志野茶碗しのちゃわん 銘 卯花墻うのはながき」は、日本で焼かれた国宝茶碗2碗のうちのひとつ。格子模様と白い釉薬ゆうやくから、卯の花が咲く垣根に見立てられ、その景色がざっくりとした器の形と調和して品格が漂います。

国宝 志野茶碗  銘 卯花墻
桃山時代・16~17世紀(三井記念美術館)

さらに、三井記念美術館には、四季折々に足を運びたくなる魅力があります。それは、展示室内に再現されている茶室「如庵じょあん」です。織田信長の弟・織田有楽斎うらくさいが京都・建仁寺の境内に建てた国宝の茶室で、明治から昭和の一時代、三井家の所有でした。再現された如庵では、季節ごとに三井家伝来の茶道具を取り合わせ、茶席に招かれた気分で鑑賞できます。

如庵(三井記念美術館提供)

近年は、ゲームの「刀剣乱舞」で名刀がキャラクター化され、美術展も刀剣ブームに沸いていますね。三井記念美術館には、国宝2点・重文7点を含む名刀が伝わっており、なかでも、国宝の短刀「日向正宗ひゅうがまさむね」には、憧れる方も多いでしょう。

※2021年1月27日まで開催中の特別展「国宝の名刀『日向正宗』と武将の美」(開催概要⇩)では、所蔵の刀剣すべてがご覧になれます。

国宝 短刀 無銘正宗 名物日向正宗
鎌倉時代・14世紀(三井記念美術館)
鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

開催概要

日程

〜2021.1.27

11:00 a.m.~4:00 p.m.
(入館は 3:30 p.m. まで)

会場

三井記念美術館

東京都中央区
日本橋室町2-1-1
三井本館7階

料金

〔事前予約制〕
一般:1300円
大学・高校生:800円
中学生以下:無料
70歳以上(要証明):1000円
※障害者手帳提示者、介護者1人は無料

休館日

月曜、12月26日(土)~1月3日(日)、1月12日(火)
※1月4日(月)、1月11日(月・祝)は開館

お問い合わせ

Tel. 050-5541-8600(ハローダイヤル)

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