2020.1.16

【大人の教養・日本美術の時間】能にまつわる名品の楽しみ方 vol.2能装束

「葵上、翁」(鮫島圭代筆)

能の衣装「能装束」が美術館で展示されていても、「どうやって見たらよいのかわからない」という方は多いのではないでしょうか。そこで今回は、能装束の鑑賞が楽しくなるエピソードをりすぐってお届けします。

実際に能を見に行くと、大きな松が背景に描かれただけのシンプルな空間で、能役者の動きも静かですよね。そんななか、華麗な能装束は、舞台に咲く花のようです。

実は能装束には、単なる衣装以上の役割があります。というのも、着物の種類やコーディネート、着付け方によって、その役柄の身分や年齢、性格などを示しているのです。情報が極端に抑えられた能の世界で、観客は能衣装からたくさんの情報を読み取ることができるのですね。

能装束は、国の文化財に指定されていたり、国内外の美術館に所蔵されていたり、桃山時代にまでさかのぼるものもあり、名品ぞろいです。それほど芸術性が高いのはなぜなのか。その秘密を知るために、能の歴史をたどりましょう。

能の衣装がゴージャスになった理由

能のもととなったのは奈良時代に中国から伝わった「散楽さんがく」をベースに発展した「猿楽さるがく」といわれ、室町時代に世阿弥ぜあみが能の名作を多く生み出して高度な舞台芸術へと進化させました。世阿弥は日常の着物を舞台衣装に流用したようですが、そのおい音阿弥おんあみ以降、衣装が華やかになっていきました。

面白いことに、舞台を鑑賞した武士や貴族は、能役者に褒美として金銭や品物のほか、自分の着物を脱いで与えたそうです。おひねりの豪華版ですね。今も能舞台の正面に小さな階段がついていますが、これは役者が褒美を受け取るために作られた名残だとか。

室町時代半ばに3日間行われた、とある舞台では、将軍着用のものをはじめとする250くだり近くの小袖類が与えられた――と伝えられているとか。能役者はそうした着物を舞台衣装として使いました。

桃山時代には派手好きの豊臣秀吉の庇護ひごを受け、ゴージャスな衣装が舞台を彩ったそうです。江戸時代、2代将軍徳川秀忠の時代には、能が幕府の儀式で行われる芸能として定められ、諸大名もお抱えの能役者を持つようになりました。同時に、京都の西陣を中心に織物技術が発達し、能装束は爛熟らんじゅくを極めたのです。

こうして江戸時代中期には、今に受け継がれる多種多様な能装束の形式が出そろったといわれます。代表的なものをご紹介しましょう。

能装束の種類 模様にも意味がある

とりわけ重厚で華やかな能装束といえば「唐織からおり」です。主に女役の表着うわぎとして用いられるもので、四季折々の草花や鳥、流水などの文様が全体に施され、和様美にあふれています。豪華なものでは2重3重にさまざまな文様が施されており、まさに文様の坩堝るつぼといったところ。こうした唐織をまとった役者が登場すれば、舞台は王朝文化の雰囲気に満たされることでしょう。

唐織の文様は布から少し浮いて見えますが、刺繍ししゅうではありません。布を織るときに様々な色の糸を使い、巧みにさばきながら文様を浮織うきおりしているのです。想像するだけで頭がこんがらかりそうな、高度な織りの技術です。とりわけ、金糸きんしをふんだんに織り込んだ唐織は、ほの暗い舞台の上で上品にきらめき、幽玄の世界に観客をいざないます。

唐織のなかでも、赤い糸が使われているものは「紅入いろいり」といって若い女性の役、赤い糸が使われていないものは「無紅いろなし」といって中年以上の役や霊性を帯びた女役が着ます。「紅」を「いろ」と読ませ、「無紅」の読みは「いろなし」だなんて、とっても洒落しゃれていますよね。

摺箔すりはく」は、金箔きんぱくや銀箔をのりづけして文様を表した着物です。なかでも三角形が連続する文様は「鱗箔うろこはく」と呼ばれ、激しい嫉妬や執着心などを表します。

鱗箔を使う演目のひとつに、源氏物語を題材とした「葵上あおいのうえ」があります。光源氏の愛人・六条ろくじょうの御息所みやすどころりょうが、病に伏している源氏の正妻・葵上を襲うというストーリーですが、序盤では、六条御息所のまとう唐織の胸元に、下に着た鱗箔がのぞいており、その後、六条御息所は唐織を脱ぎ捨てて鱗箔をあらわにした鬼の姿に変わります。いわば「ひと皮けば鬼」、という迫力ある演出なのです。

「葵上」にはもうひとつ面白い演出があります。葵上役の役者はおらず、舞台上に女性用の着物を置くだけでその存在を表すのです。そぎ落とされた美を追求する能らしい演出だと思いませんか?

能装束の中で最も古い歴史を持つのは「狩衣かりぎぬ」です。平安貴族が狩りをするときに着た上着がルーツで、能では、威厳ある男役の表着として用いられます。

狩衣の模様は大ぶりで力強く、舞台映えします。能を愛した勇壮な武将たちの好みが反映されているのでしょうか。

狩衣を用いる演目のひとつに「おきな」があります。神様が老人の姿となって現れ、国の平和や穀物の豊作を祈って舞うという内容で、神への奉納の儀式を起源とする特別な演目です。

その老人が着る狩衣の文様は「蜀江文しょっこうもん」といい、幾何学文様と花柄の組み合わせでできており、自然の大いなる力を映すとされる深遠なデザインです。

さて、みなさんも実際に能装束を見てみたくなったのではないでしょうか。

大倉集古館で2020年1月26日(日)まで開催中の新春特集展示「能と吉祥 寿―Kotohogi―」では、唐織や狩衣の名品がご覧いただけます。この機会にぜひお出かけください。

また、舞台で使われている能装束をじかに鑑賞するチャンスがあるのをご存じですか? 各地の能楽堂で夏に行われている虫干しです。着物に虫がつかないよう、衣装をずらりと干して風に当てる際に、一般公開しているのです。興味のある方は各地の能楽堂にお問い合わせください。

【新春特集展示 能と吉祥「寿―Kotohogi―」】

大倉集古館 2019年12月24日(火)~2020年1月26日(日)

公式サイトはこちら

大倉集古館ホームページ

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

開催概要

日程

2019.12.24〜2020.1.26

会場

大倉集古館
東京都港区虎ノ門2-10-3

料金

一般、大学生、高校生 500円

休館日

毎週月曜日(祝日は開館し、翌平日は休館)
12/28~31、1/1、1/6、1/14、1/20は休館

開館時間

10:00~17:00(入館は16:30まで)

お問い合わせ

TEL:03-5575-5711(代表)

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