2019.9.25

【ボンボニエールの物語 vol. 3】 明治33年 皇太子結婚の物語

折櫃形鶴松文 東宮御婚儀(学習院大学史料館蔵)

明治22年(1889年)の大日本帝国憲法発布式、明治27年(1894年)の明治天皇・皇后の銀婚式に出現したボンボニエールはその後、皇室の慶事を彩る引き出物となっていく。次の登場は明治33年(1900年)、皇太子の結婚式である。

後の大正天皇、皇太子嘉仁よしひと親王しんのうは、明治天皇の第3皇子として明治12年(1879年)8月31日に誕生した(皇太子となるのは10年後)。生母は柳原やなぎわら愛子なるこ。NHKの朝ドラ「花子とアン」で仲間由紀恵さんが演じた葉山蓮子こと、柳原白蓮びゃくれんがめいにあたる伯爵家の血筋の生まれだが、皇后ではない。明治天皇と皇后美子はるこの間には、ついに実子は生まれなかった。

皇太子の誕生までに明治天皇には4人の子供が誕生していたが、いずれも幼くして病死していた。ようやく育った皇太子も病弱で、学習院への入学も1年遅れている。現代だけではなく、明治の御代みよも皇統の存続は危機的な状況だったのである。そのため、皇太子妃の選定には「健康体であること」が必須条件となった。

白羽の矢が立ったのは公爵九条くじょう道孝みちたかの娘節子さだこ。明治17年(1884年)に誕生した後、当時の風習ですぐに里子に出され、高円寺の農家で約4年半にわたり同家の娘と姉妹同然に育てられた。すくすくと健康体に育った節子姫は、活発で、「九条の黒姫様」と言われるほど日焼けしていたという。

若い 2人 の結婚式は、明治33年(1900年)5月10日に行われた。これまでの皇室の結婚式の様式とは大きく異なり、新しい形のものであった。この形が、現在の私たちにもなじみ深い「神前結婚式」→「披露宴」→「新婚旅行」(伊勢神宮などに結婚の報告を行う)のセット・パックとして、その後、一般庶民の間に定着していくこととなる。

皇太子の結婚式はまず皇居内の天照あまてらす大御神おおみかみまつられている「賢所かしこどころ」で神酒しんしゅを受ける儀式をし、天皇・皇后に会見の後、披露宴にあたる祝宴は明治宮殿の各部屋を使用して立食で行われた。料理はもちろん西洋料理で、シャンパン、コニャック、ワインなどもふんだんに振る舞われた。そして、祝宴の後、およそ2000名にものぼった招待客には、退席の際に車寄せにおいてボンボニエールが手渡されたのである。

銀の折櫃に「魅惑のお菓子」

このボンボニエールは大きさおよそ5センチ角、銀製で「折櫃おりびつ」と言われる形で蓋に天皇家紋を大きく配す。胴部側面には吉祥文様の若松と鶴が彫り込まれ、赤い絹のひもがつけられている。そして中には「ドラゼーアンザンテー」が入れられたとの記録が残る。「ドラゼーアンザンテー」はおそらくフランス語の Dragée Enchantée のことで、「魅惑のお菓子」というような意味なのだろう。

形を模した折櫃(「おりうず」とも言う)とは日本で古くより使われてきた容器である。本来はひのきの薄板を折り曲げて作った小箱で、中には菓子やさかななどを入れる。つまり祝儀の引き菓子なども入れる容器であった。これを銀のミニチュアで制作し、中に西洋の「魅惑のお菓子」を入れて引き出物とする。まさに日本における引き出物・引き菓子の風習を西洋由来のボンボニエールで体現してみせたのである。

この皇太子の結婚に関わる調度品などを記録した冊子が宮内庁に残るが、そこには「銀菓子器」として、折櫃形鶴松文ボンボニエールのが掲載されている。ここでは「銀菓子器」となっているが、当時の事務方の書類には「銀製菓子器 これハボンボンニール用」と記されたものがあり、ボンボニエール登場のかなり早い段階から原語らしきものが使用されていたことが判明する。

皇太子並同妃両殿下御服御調度類(宮内公文書館蔵)

節子妃との結婚後、皇太子は健康になり、明治34年(1901年)には裕仁ひろひと親王(後の昭和天皇)、翌年には雍仁やすひと親王(後の秩父宮)、明治38年(1905年)には宣仁のぶひと親王(後の高松宮)と次々と子宝にも恵まれた。明治時代後期の皇太子は病弱な面が影をひそめ、全国を行啓するなど溌剌はつらつとしていた。節子妃も自ら皇太子の身の回りの世話をし、二人の結婚生活は、天皇家で初めて一夫一婦制を確立することになるほど、極めて良好な関係であった。大正4年(1915年)には崇仁たかひと親王(後の三笠宮)も誕生した。

国民も2人の結婚を祝し、各地で奉祝行事や、美術品の献上などが行われたが、最も大きな献上品は美術館だった。渋沢栄一が中心となって寄付金を募り、片山東熊とうくまに設計を依頼した建物は明治41年(1908年)に竣工しゅんこうした。「表慶館ひょうけいかん」と名付けられたその建物は、現在も東京国立博物館で優美な姿を見せている。

長佐古美奈子

プロフィール

学習院大学史料館学芸員

長佐古美奈子

学習院大学文学部史学科卒業。近代皇族・華族史、美術・文化史。特に美術工芸品を歴史的に読み解くことを専門とする。展覧会の企画・開催多数。「宮廷の雅」展、「有栖川宮・高松宮ゆかりの名品」展、「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」展など。著作は、単著「ボンボニエールと近代皇室文化」(えにし書房、2015年)、共著「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美―」(青幻舎、2018年)、編著「写真集 明治の記憶」「写真集 近代皇族の記憶―山階宮家三代」「華族画報」(いずれも吉川弘文館)、「絵葉書で読み解く大正時代」(彩流社)など。

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