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2022.10.14

伝統文化の継承を考える…植物染の再創造 「染司よしおか」6代目 吉岡更紗さん・橋本麻里さん対談(前半)

読売新聞社は、日本が誇る伝統文化を次世代に継承していく取り組みを広げていきます。対談企画として、日本の文化の源流が息づく京都で、江戸時代から続く染織の老舗「染司よしおか」の6代目当主・吉岡更紗さんの工房を、工芸にも造詣の深い美術ライターの橋本麻里さんが訪問。作る側と求める側の思いを和やかに語り合ってもらいました。

橋本  京都で代々続く染屋を継ぐのは大変なこと。しかも、伝統の植物染を復活させたというのが面白いですね。

吉岡  元々、兵庫県・出石出身の初代が京都の吉岡染の家に奉公に出て、200年ほど前に独立したのが始まりです。明治以降、京都の染屋の多くが化学染料に切り替えました。しかし、4代目の祖父・常雄は1946年の第1回正倉院展を見て、天平の色の美しさを知り、天然染料の研究・調査を始めた。祖父が亡くなり、出版業をしていた父(幸雄)が5代目を継いでからは一切化学染料を使うのをやめました。正倉院や法隆寺の宝物をピークに質が落ちていく、という染色の歴史を研究する中で、父は現代の私たちが目指すべき目標は、植物染を通じて伝統色を復活させることだと考えたのです。

橋本 歴史ある植物染の資料を探して伝統を再創造する。それは単純な「継承」とは違います。

父の教え「古い文献に頼る」…「染司よしおか」6代目・吉岡更紗さん
伝統色の天然染料がずらりと並ぶ

吉岡 私は子供の頃から工房の雰囲気が好きで、祖父の仕事がどういうものかも理解していました。染色作業の経験がなかった父は祖父の代からの染師と二人三脚でやっていましたが、私は継ぐ前の十数年間、染織の技術を学びました。

橋本 その代わり幸雄さんは『延喜式』や『源氏物語』など、古い文献を読み込んでいました。

吉岡 父は日本人の根っこを探ることを大事に考え、想像力を鍛えるには古い文献に頼らなければいけないと常に話していました。ものを「見る」ことも大事だと。古い文献を読み、過去の作品の色や糸の太さなどを観察することで、正倉院宝物の色についても推測できるようになるからです。

過去の名作をジャンプ台に…美術ライターの橋本麻里さん

橋本 近世初期の芸術家・本阿弥光悦は腕のいい職人を使って革新的なものを作らせました。時代を超える造形物を生むには、目の肥えた構想力のある人が必要です。「本歌取り」ではないけれど、過去の名作を踏まえることが創造のジャンプ台になる。

吉岡 私も過去の名作と向き合い、自身の見る目と技術を鍛えることが本歌取りの本質だと思います。

橋本  いま自分自身が見ている景色や心に生じた情動だけでなく、過去の創作物の力を借りることで、現在の表現がより複雑な文脈を持ち、陰翳いんえい深く読み解けるようになるのが「本歌取り」の面白さです。更紗さんが染める布も、ただ色が美しいで終わらず、幸雄さんの活動を踏まえた時、「源氏物語」の 豊穣ほうじょうな色の世界が目の前に広がって見えるんです。

吉岡 そうですね。お客様がそうした情報を持っていると、こちらから何も説明しなくてもわかってもらえます。

橋本  その時点でわからなかったとしても、何だろうと思って調べた時に、背景となる歴史を知って、結果的に作品が現代と、またご自身にもぴったりだと思っていただけたらうれしいですね。

後編はこちらです
染織家の吉岡更紗さん=河村道浩撮影

吉岡更紗(よしおか・さらさ) 1977年生まれ。江戸時代に京都で創業した染屋「染司よしおか」の6代目当主。父は染織史研究家で5代目当主の吉岡幸雄(1946~2019年)。「染司よしおか」の詳細はホームページ( https://www.sachio-yoshioka.com/ )で。

美術ライターの橋本麻里さん=河村道浩撮影

橋本麻里(はしもと・まり) 美術ライター・永青文庫副館長。1972年生まれ。国際基督教大卒。日本の古美術から現代アートまで、豊富な知識で評論・解説する。ウェブの生配信番組「ニコニコ美術館」の進行役でも活躍中。著書に「かざる日本」「京都で日本美術をみる」など。

(2022年10月1日付 読売新聞朝刊より)

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